本田顕子が自民党文科政務官に抜擢・経歴は?

本田顕子が自民党文科政務官に抜擢・経歴は?
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自民党山田政務官の後任に選出されたのは、本田顕子参議院議員でした。

自民党山田政務官は女性問題で辞表を出すことになりました。

後任は真面目で好感度の高い方が来られると思いましたがやはりそうでした。

本田顕子参議院議員が後任となりました。

 

目次

本田顕子の父は政治家?

公表されていませんし本田顕子さんの苗字も故本田良一さんと同じですね。

公表はしていません。

本田顕子さんの父親は元参議院議員の本田良一さんで2022年7月22日に82歳で亡くなられました。

 

故本田良一は参議院議員

故本田良一さんは1979年39歳の時に熊本市議会議員として2期務めました。

その後に1987年、熊本県議会議員を2期務めています。

1998年に参議院議員を旧民主党として1期務められました。

所属政党は、日本社会党、社民党、旧民主党、民主党、無所属、みんなの党、無所属、自由民主党へと移っています。

参議飲議員任期中には、2003年に沖縄及び北方問題に関する特別委員会委員長を務めました。

世の中を良くしたいという使命感は長女の本田顕子さんにしっかりと引き継がれましたね。

 

本田顕子のプロフィール

生年月日 1971年〈昭和46年〉9月29日

年齢 52歳

出身 熊本県

趣味 街の散策、美術鑑賞

家族 公表していないので不明ですが、歯科医の夫と子供二人いるとの情報もあります。

2001年の30歳で熊本の地元に戻られて老舗薬店に就職されていますの絵結婚なさったとしたらこのころでしょうか。

 

本田顕子経歴

引用:本田あきこニュース

本田顕子さんの通った高校

本田顕子さんの出られた高校は、ルーテル学院女学校(元九州女学院)です。

熊本にあって、今は共学になりましたが、本田顕子さんが通われていたころは、私立女子校でとてもお嬢様学校で有名でした。

キリスト教の精神を基に人格教育をする学校です。

進んで神と人に奉仕するという事をモットーにした学校でした。

教育方針からも多く影響されたのでしょうか。

 

本田顕子さんの通った大学

本田顕子さんは町の薬局の方がお客さんと話しているのを見て「いいな。と思い大学では薬学部を目指しました。

そして星薬科大学に受かりました。

星薬科大学は東京にあって「世界に奉仕する人材育成の揺籃である」をモットーにした私立の大学です。

お父様に似てとても優秀な方ですね。

 

本田顕子さんの職歴

1996年星薬科大学卒業後、1998年に医薬品卸に就職されました。

2001年の30歳で熊本の地元に戻られて老舗薬店で就職されました。

2002年に父である参議院議員の公設秘書となりました。

2007年には製薬会社勤務、医薬品卸勤務されました。

2010年、2012年、2013年に、みんなの党から参議院議員に立候補しますが落選されました。

2013年保険薬局勤務となり、熊本県薬剤師会勤務、日本薬剤師連盟 副会長熊本県薬剤師連盟 副会長日本薬剤師会 災害対策委員会委員という大きな役職を経て2019年に自民党から参議院議員に比例当選しました。

2022年8月厚生労働大臣政務官(兼内閣府大臣政務官)に抜擢され今回文部科学大臣政務官兼復興大臣政務官に就任されました。

重責を担うにふさわしい人柄だと思います。

本田顕子政治信条

本田顕子さんの発信している事は人々の健康のために薬剤師の立場を通して発信されています。

引用:本田あきこニュース

 

本田顕子さんの政治家になった動機と発信していること

薬剤師としてのスキルを高めている中に政治家への転身のきっかけは何があったのでしょうか?

政治家になったきっかけがあったようです。

政治家を志した動機

政治家を志したきっかけは父である元参議院議員の本田良一さんの秘書をしている中、残念にも落選してしまったときに支援者の方々が「本田先生の政策をぜひ実現してほしかった」と、涙ながらに握手されるその手を通して“政策の継承”を意識し始めてたの事です。

それと共に薬剤師の教育の審議は必ずしも参加議員が薬剤師ではないことに気が付き薬剤師の立場で政治家として発言することの大切さを感じたことからです。

この二つの事を通して、父の背中を見ている中で政治家になる決心をされたのでしょう。

 

本田顕子さんの発信していること

本田顕子さんは政治家を目指してすぐに当選し活躍されたわけではありません。

みんなの党から出馬して落選して3回落選したのちに自民党から出馬して当選しています。

本田顕子さんの掲げるポリシーが素晴らしいと思いました。

下記に書きました。

ふくらみ続ける社会保障費、特に、医療費。
これまでと異なる規模・数の自然災害。

日本国民の健康を守る。
日本の公衆衛生を守る。

そのために薬剤師にはもっとできることがあります。
私は、「人として、薬剤師として、日本国民のために全力を注ぎたい。」と思っています。

薬剤師の事を薬剤師の言葉で語る責任を持つ。

”公衆衛生の再確立”が政治信条の1つです。

引用:本田顕子政治信条

座右の銘は履道応乾(信念に従って行動すれば、必ず道は開ける)との事です。

とても素晴らしい言葉ですね。

薬剤師としてのキャリアがある方が議員として医療の分野での政治を担ってくださることはとても心強く思います。

これからますます、活躍してくれることが楽しみです。

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